TOYO's Review レビュー
レビューコラム一覧へVOL.5 光を制御する技術:フィルターの役割と利点
ディフュージョン系フィルター徹底比較。
レンズフィルターの種類はさまざまですが、映像の質感をやわらげるディフュージョン系(Diffusion)のフィルターは、その効果をHalation(光を拡散させる効果)、Resolution(輪郭のシャープネスを軽減する)、Contrast(コントラストを軽減させる効果)の3つの軸で評価することができます。今回のテスト撮影では、この3つの評価軸をもとに、Tiffen、Schneider、NiSi、Formatt Hitechのディフュージョン系のレンズフィルター15製品の質感を比較していきます。
はじめに
レンズフィルター開発の大手であるTiffenは、上述の3つ(Halation/Resolution/Contrast)の評価軸を用いてTiffenのフィルター製品の特性を分類したチャート「Triangle of Diffusion」を公開しています。
参考までに、カメラはBlackmagic Cinema Camera 6K、レンズはLeica APO-Summicron-SL 75mm f2.0 ASPH.を使用しています。またハレーション効果を見やすくするために、黒背景の前にチューブ型のLEDライトをカメラに向けて設置しています。
Halation系の
効果を比較する
映像のハイライトの光を拡散させることで輝き(Glow)を生み出すハレーション効果に特徴のあるフィルターは、その構造の違いにより、3種類に分類することができます。
- Mist型
- Lenslet型
- 複合型
一般的に、ガラス内部にこまかな粒子が散りばめられたフィルターを “Mist Filter” と呼びます。黒い粒子を用いたBlack Mist型は、ハレーション効果がシャドウ域に影響しにくく、また、白い粒子を用いたWhite Mist型は、ハイライトの明るさは変わらないものの、ハレーション効果でシャドウ域が白く浮きやすくなるという特徴があります。
一方、Lenslet型は、ガラス内部または表面にある小さな 凹凸(Lenslet)のはたらきにより、コントラストに影響を与えることなくハレーション効果を生み出すという特徴があります。また複合型は、Mist×Lensletなど複数の構造を組み合わせたモデルとなります。
以降、ハレーション効果に特徴のある8種類のモデルを比較していきます。
- Tiffen Black Pro-Mist
- NiSi Black Mist
- Schneider Hollywood Black Magic
- Tiffen Black Satin
- Tiffen Black Diffusion FX
- Tiffen Glimmerglass
- Tiffen Pearlescent
- Formatt Hitech Firecrest Bloom Gold Diffusion
Tiffen Black Pro-Mist
まずは、Mist型の定番モデルTiffen Black Pro-Mistのフィルター効果を見ていきます。
Black Pro-Mistは、1980年代に開発された歴史の古いフィルターで、ガラス内部に埋めこまれた黒い粒子のはたらきによりハイライトの明るさを落とし、シャドウ域の浮きを抑えながらハレーション効果が得られるという特徴があります。
またBlack Pro-Mistにはその姉妹モデルとして、白い粒子が散りばめられたPro-Mistというモデルがありますが、両者の質感を比較してみると以下のようになります。
Pro-Mistは、Black Pro-Mistと同じく1980年代に開発されたフィルターですが、白い粒子のはたらきにより、中間からシャドウ域が白く浮いたミルキーな質感になる、という特徴があります。
NiSi Black Mist
続いて、YouTubeなどSNS界隈で有名なNiSi Black Mistのフィルター効果を見ていきます。
Black Mistは、Black Pro-Mistと同じく、ガラス内部に黒い粒子が散りばめられたフィルターで、NiSiの4×5.65”の角型フィルターAllure Mist Blackを再開発したモデルとされています。開発元のNiSi Opticsは、2005年に設立された中国の光学機器メーカーですえ
Black Pro-Mistと比較すると、NiSi Black Mistの方がハレーション効果のエッジがやわらかく、中間からシャドウ域が白く浮くような効果が見られます。
Schneider Hollywood Black Magic
続いて、Schneider社の人気モデルであるHollywood Black Magicのフィルター効果を見ていきます。
Hollywood Black Magicは、2013年頃に発売されたフィルターで、Mist型のBlack FrostとLenslet型のHD Classic Softの効果を組み合わせた、複合型モデルとなります。フィルターの番手を上げていくと、ミスト効果は変わらず、解像感がソフトになるHD Classic Softの効果が強くなる構造となっています。
フィルターの拡大画像を見てみると、こまかな黒い粒子とともに、HD Classic Softで用いられる、ランダムな気泡状のLesletの構造を確認することができます。
Tiffen Black Satin
続いて、Hollywood Black Magicと効果が似ているといわれる、Tiffen Black Satinのフィルター効果を見ていきます。
Black Satinの元となるSatinは、GlimmerglassとDigital Diffusion FXの効果を組み合わせた、複合型のフィルターと言われていますが、Black Satinはそこに黒い粒子を追加したBlack版として、2014年に発売されたモデルとなります。
フィルターの拡大画像を見てみると、こまかな黒い粒子とともに、Digital Diffusion FXで用いられる小さな腎臓型(Kidney-Shaped)のLenslet構造を確認することができます。
試しに、Black Satinの質感をHollywood Black Magicと比較してみると、以下のようになります。
Tiffen Black Diffusion FX
続いて、Tiffen Black Diffusion FXのフィルター効果を見ていきます。
Black Diffusion FXは、2000年以前のフィルム全盛期に開発されたフィルターで、粗めの黒い粒子と、小さな腎臓型のLenslet(凹凸)の組み合わせにより、シャドウ域の浮きを抑えながら、解像力をソフトにし、ほのかにハレーション効果を発生させる、という特徴があります。
フィルターの拡大画像を見てみると、粗めの黒い粒子とともにBlack Satinと同じ、小さな腎臓型のLenslet構造を確認することができます。
Tiffen Glimmerglass
続いて、Tiffen Glimmerglassの効果を見ていきます。
Glimmerglassは、2000年代に開発されたフィルターで、ガラス内部に散りばめられた銀色のラメ状の粒子のはたらきにより、ハレーション効果とともに、解像感とコントラストを軽減させる効果が得られる、という特徴があります。
Tiffen Pearlescent
続いて、Tiffen Pearlescentの効果を見ていきます。
Pearlescent(パールセント)は、2014年に発売されたフィルターで、Glimmerglassと同じく銀色のラメ状の粒子のはたらきにより、ハイライトに “真珠のような光沢感” と表現される、ソフトな質感のハレーションが生まれ、中間からシャドウ域が白く浮くような効果が得られる、という特徴があります。
その効果はGlimmerglassとよく似ていますが、両者を比較してみると、PearlescentはGlimmerglassよりもハレーション効果が強く、Pearlescent 1/8はGlimmerglass 3とほぼ同じ程度となっています。
Formatt Hitech Firecrest Bloom Gold Diffusion
続いて、Formatt Hitech Firecrest Bloom Gold Diffusionのフィルター効果を見ていきます。
Firecrest Bloom Gold Diffusionは、英国の撮影監督Philip Bloom氏のシグネチャーモデルとして、2023年に発売されたフィルターです。こちらも質感はGlimmerglassと似ていますが、ガラス内部に散りばめられた黄金色の粒子のはたらきにより、色が黄色方向(Gold)にシフトする、という特徴があります。
開発元のFormatt Hitechは、創業25年を超える英国の光学フィルターブランドで、製品名にある “Firecrest” は、Formatt Hitchが開発する、高品質なフィルターコーティングの技術を意味しています。
続いて、解像感をソフトにするResolution系のフィルター効果を見ていきたいと思います。
Resolution系の
効果を比較する
光を拡散させるハレーション効果は、おもにガラス内部に散りばめられた、小さな粒子(Mist)のはたらきにより発生しますが、輪郭のシャープネスを軽減して、映像の解像感をソフトにする効果は、おもにガラス内部または表面に刻まれる、凹凸(Lenslet)のはたらきにより生まれます。
Lensletの形、サイズ感、密度はモデルによりそれぞれ異なりますが、そうした構造の違いにより、フィルター効果に変化が現れることになります。たとえば、1950年代に開発されたMitchell Diffusionでは台形(trapezoid)、Classic Softは規則的なドーム型、Digital Diffusion FXは腎臓型(kidney-shaped)など、さまざまな形状のLensletが用いられています。
以降、解像度の軽減効果に特徴のある4種類のモデルを比較していきます。
- Schneider Classic Soft
- Schneider HD Classic Soft
- Tiffen Soft FX
- Tiffen Digital Diffusion
Schneider Classic Soft
まずはLenslet型の定番モデルとなる、Schneider Classic Softのフィルター効果を見ていきます。
Classic Softは、2000年以前のフィルム全盛期に開発されたフィルターで、ガラスの表面に刻まれたドーム型の凹凸(Micro-Lenslet)のはたらきにより、像がぼやけたout-of-focusなイメージを生成し、シャープな輪郭のin-focusな状態のイメージと重ね合わせることで、解像感をソフトにする効果があります。
フィルターの拡大画像を見てみると、規則的なドーム型のLenslet構造を確認することができます。
Schneider HD Classic Soft
続いて、Schneider HD Classic Softのフィルター効果を見ていきます。
HD Classic Softは、Classic SoftのLensletの形を改変したモデルとなります。Classic Softには、イメージセンサーの小さな(被写界深度の深い)カメラで使用すると、Lensletが映像に映りこんでしまうという問題がありますが、その問題を解消するためHD Classic Softでは、Lensletをより小さな気泡状にして、それをランダムに配置しています。
Tiffen Soft FX
続いて、Tiffen Soft FXのフィルター効果を見ていきます。
Soft FXは、1980年代半ばに開発された、Schneider Classic SoftのTiffen版ともいえるフィルターです。Classic Softが規則的なドーム型のLensletを採用しているのに対して、Soft FXはランダムな腎臓型(kidney-shaped)のLensletを散りばめることで、解像感をソフトにする効果があります。
Tiffen Digital Diffusion FX
続いて、Tiffen Digital Diffusion FXのフィルター効果を見ていきます。
Digital Difftsion FXは、Black Diffusion FXの派生モデルとして、2000年代に開発されたフィルターです。Black Diffusion FXの黒い粒子をなくしたもので、Soft FX よりも小さな腎臓型のLensletのはたらきにより、解像感をソフトにする効果があります。
参考までに、Classic Soft、HD Classic Soft、Soft FX、Digital Diffusion FXの4種類を並べて比較してみると、以下のようになります。
続いて、コントラストを軽減させるContrast系のフィルター効果を見ていきたいと思います。
Contrast系の
効果を比較する
現代的な映像制作のプロセスでは、映像のコントラストはわりと簡単に調整ができるので、撮影段階でレンズフィルターを使用してまで、それを調整する必要がないようにも思えますが、ここで紹介するコントラストを軽減するフィルターは、Logガンマ、RAW収録などの技術が誕生する以前に活用されていたモデルとなります。
ここ最近は、カメラのダイナミックレンジが向上して、白飛びや黒潰れが起こる場面も少なくなりましたが、従来のビデオ撮影ではハイライトの白飛び、フィルム撮影ではシャドウの黒潰れが起こりやすかったため、少しでもその階調を確保するために、撮影時にコントラストを軽減させるフィルターの需要があったという話です。
以降、コントラストの軽減効果に特徴のある3種類のフィルター効果を比較していきます。
- Tiffen Low Contrast
- Tiffen Soft Contrast
- Tiffen Ultra Contrast
Tiffen Low Contrast
まずは、Tiffen Low Contrastのフィルター効果を見ていきます。
Low Contrastは、1950年代から使用されている、コントラスト系の中では最も歴史の古いフィルターです。ガラス内部に散りばめられた、こまかな粒子(Mist)のはたらきによりハレーション効果が発生し、中間からシャドウ域が浮くことでミルキーな質感が作り出される、という特徴があります。
Tiffen Soft Contrast
続いて、Tiffen Soft Contrast のフィルター効果を見ていきます。
Soft Contrastは、Low Contrastと同じく歴史の古いフィルターで、現在では廃盤となっています。ガラス内部に散りばめられた 光吸収素子(Light Absorbing Element)のはたらきにより、中間域からハイライトの輝度が大きく落ち、コントラストが軽減されますが、フィルターに直射光が当たると、その効果が損なわれるという特徴があります。
Tiffen Ultra Contrast
続いて、Tiffen Ultra Contrastのフィルター効果を見ていきます。
Ultra Contrastは、1980年代後半に開発された、コントラスト系の中では最も新しいフィルターで、撮影現場の環境光(surrounding ambient light)を利用して、映像全体の明るさを平均化することでコントラストを軽減させる、という特徴があります。Tiffenはこの技術により、米国の映画芸術科学アカデミーの技術功績賞を受賞しています。
参考までに、Low Contrast、Soft Contrast、Ultra Contrastの3種類を並べて比較してみると、以下のようになります。
まとめ
ディフュージョン系はとにかく種類が豊富なので、フィルター選びが大変な印象がありますが、Mist型、Lenslet型、複合型など、フィルターをその構造ごとに分類して、それぞれの特性を理解することが、最適なモデルを見つける上での近道といえそうです。
ハイライトに輝きを出したい場合は、Mist型のモデルが最適な選択肢となります。またハレーション効果は、フィルターの番手(Grade)を上げることで簡単に強めることができるので、逆にその効果が弱いモデルを把握しておくことも重要といえます。そうした観点で考えると、Black Mist型の場合はBlack Diffusion FX、White Mist型の場合はGlimmerglassあたりが、最も繊細に効果がかかるモデルといえます。
一方、映像のシャープネスをやわらげたい場合は、Lenslet構造のモデルが最適な選択肢となります。効果をほんのり効かせたい場合は HD Classic Soft、Digital Diffusion FXが、その最適なモデルとなります。解像度を軽減させるとともにハレーション効果を出したい場合はClassic Soft、Soft FXが、その最適なモデルとなります。